Welcome to HANA no KOU ~ “はなのこう” について ~ 

自分をこう、と決めつけない。

HANA no DIARY

華甲(かこう)(←参照してください)の年齢になってみると、若い時にひたすらこだわってっていたことが案外どうでもよくなっていたりする。
例えばファッションなんかがそう。
自分に似合うのはコレ!って自分スタイルを貫いてた若き日の自分。

わたしの10代後半から20代までDCブランド(DCとは、デザイナーズ&キャラクターの略)が流行していて、日本のトップデザイナー、そう今でもその名を残す凄い勢いのあるデザイナーたちが新しいムーブメントを起こした時代だった。
ショップ店員さんは「ハウスマヌカン」と呼ばれ、今で言う推し活と同じで、わたしはハウスマヌカンさんの装いをよく参考にしてひたすらそのブランドを買い漁っていたっけ。アパレルの店員さんって本当に可愛い人が多いし、また服が好きでとっても似合っていておしゃれなんだよね。
新作チェックも勿論ぬかりなく。ファッション誌も良く読んでたなぁ。高校時代の「mcシスター」と「装苑」は憧れの雑誌。アルバイトで稼いだお金はほぼすべて洋服に消えて行った。

その頃、特に好きだったのはY’s(ワイズ)とI.S.(アイエス=ISSEI SPORTS ツモリチサト)。
わたしがDCブランドに傾倒していくそんな中、実はじわじわと別の勢力が押し寄せていた。
女子大生お嬢様ファッションの「JJ」系だ。松田聖子ちゃんなんかもそっちだったな。ニュートラ、ハマトラとか横浜元町周辺の女子大生から広がったと言われる清楚なスタイルで本当に可愛かった。

でも、その頃は「自分はDCブランド系ですから、、、」的なプライド(?)みたいな感情もあって、ちょっと馬鹿にしている感もあったと思う。
どっちかと言うと身体の線はあまり出さない服が多かったもの。

けど、今なら素直に言えます。

≪実はそういう服が似合う娘たちに憧れてました~本当に可愛かったー(by 心の声)≫

そう。若い頃、とくに昭和は何か自分のこだわりを主張することが主流だったと思う。
それと、絶対に自分は似合わないであろうと信じていた。勿論、似合わなかったと思うけど。聖子ちゃんカットじゃなかったし。
今みたいにインターネットもないし、情報収集方法に限りがあって、自分スタイルを持つことがおしゃれだったんだよね。それはそれで楽しい時代ではあったけど(詳細はまた後日色々書き込みます)、今となって思うのは、「自分をこう、と決めつけないこと」が大切だということ。
自分で自分に制限をかけていたのかもね。「自分らしさ」にたったひとりでこだわっていたよう。
今だからやっと気づいたことでもあるんだけど。ね。
けえど、本当はもっと前に薄々気が付いていたのだと思う。

わたし自身は、結局いつの時代もこだわるのはシルエットであってデザインではなかった気がする。
若くても、うーんって思う人もいるし(勿論素敵な娘が沢山いて眩しいのだけど)、シニアの方たちも素敵でおしゃれでカッコいい方もたくさんいる。要するに何を着るべきかを考えるのではなく、服をどう着ていくかってことが大切だ、と今は思っています。

これからは、今まで生きて来た経験の様々な物差しを使って、自分のファッションもスタイルも自分自身をこうと決めつけずにアレンジしながら生きて行く。そう決めています。

そんなお年頃。


by のぶ

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この内容を読者の方に強要したり共感を求めているものではありません。予めご理解ください。

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