仕事柄色々な方と話す機会が多いのだが、悲しいかな、たまにカチンと来ることがある。
だって人間だもの。
特に具体的な理由もなく感情に任せてわーっと攻撃される。仕事上の力関係が働くのか、お客様から何の前触れもなく乱暴に上から目線で話されると、とても悲しくなる。
一体何が原因なのか不明だからこそ不安にさせられるのだ。
敢えて怒らせようと仕掛けているなら別だけど、どんだけ丁寧に対応しようとも、どうにもこうにももう止まらない。うーん。ひたすらオトナは耐えねばならぬ。
そんな時にいつも思う。ものは言い方がすべてと言っても過言ではない。
少しひねるだけで本人の印象も格段に変わるのに何とも勿体ない話。残念な印象になるだけでなく、明らかに悪印象のレッテルを貼ってしまうこととなる。
自分の言い分を強要する言い方はただのひとりよがり。言い分はには理由があってこそ理解される。
その前に話の論点が理解できないことが問題。
そこに怒りが加算されると、これはもう聞かされる方はただ単に一方的なクレームとなる。
結局相手を負かそうとしているか、あるいは理解してもらおうとしているかのどちらかなんだろうけど、その〈もの言い〉では誤解しか生まないってこと。相手も受け身に入るか、応戦するしかないのだから。
最近はSNS上でもそこら中で炎上しているようだ。
言論の自由ではあるけれど、ネット上の無記名は無限なので無責任発言が多い。自分の感情から生まれる発言ばかり散見される気がする。
そんなことをメディアが取り上げたりするものだから、どんどん拍車がかかって行くのも致し方ないか、、、
いつかこの好き勝手な自由発言をAIがソリューション提案をしてくれる時代が来るかも知れない。
「ものは言い方」については、今後ブログでゆるゆると言及する予定です。
「海っぺり」より「シーサイド」と言った方がイメージが伝わりやすいこともあるし、飲食店で帰り際に無視されるより「ありがとうございます。またお待ちしています」と言われた方が心地良い。何よりも「おはよう」ひとつとっても明るく笑顔で言われるのと、そっぽ向いてボソボソ言うのでは印象がまるで違う。
「ものは言い方」がすべて。
これを制すること(理解すること)でお互いに心地よい時間を過ごせるかどうかにも、ほんの多少影響あるかも知れない。
これから一緒に考えて行きましょう。
by のぶ
※HANA no KOUで発信する内容は、あくまでも自身の主観により勝手にまとめたものです。
この内容を読者の方に強要したり共感を求めているものではありません。予めご理解ください。



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